2024.6.1
あなたは?
狩猟採集型と農耕牧畜型。
どちらのタイプだと思いますか??
重ねて質問になりますが、
狩猟採集型と農耕牧畜型。
どちらが良い印象を持っていますか??
しばしば人間の性格的な部分に置き換えられて、
・狩猟採集型=行き当たりばったりな的な性質。
・農耕牧畜型=コツコツ真面目な堅実な性質。
と喩えられてこなかったでしょうか?
そして特に戦後日本の教育においては、後者が『良し』とされてきました。
“勉学に励み貯金をして立派な家庭をつくり、より優れた遺伝子を残す”
それが『人生の目的』と教えられてきませんでしたか?
今日は、それを根底からくつがえしたい(笑)
さて、【根底】とは、
「コツコツ真面目に一歩ずつ、確実に前進する人生」が最良で、それができる人間こそが素晴らしく優等生である、という定義。
または、
ウサギと亀が競争するお話のように「ウサギはダメ、亀がエライ」という通説のこと。
人生の目的や幸せは本人が決めることであって、その”定義”や”通説”を信じるのは自由です。
しかし次の文章を読み進めて、これまで通りの人生設計で「間違いなく正しい!」と言えるでしょうか?
-人類が【農耕牧畜】を始めた理由は、、
地球の急激な気候変動によって【狩猟採集】ができなくなったからである。-
え?!笑
そうなんですか??? と。
僕が習ってきたのは、
毎日毎日行き当たりばったりに狩りや採集を行う生活は不安定なので、計画的に農作物や家畜を育てることで『安定した生活』を手に入れた。
-そうして人類は生き延びた。それこそが人間の知恵なのである。-
そして、
(優)農耕牧畜型 > (劣)狩猟採集型
こう、教わった。
狩猟採集の進化の形として、農耕牧畜がある、と。
<狩猟・採集の時代>
人類は肉や魚ばかり食べて栄養が偏っていたとか、毎日狩りに出なければ食うに困り食料を奪い合っていた、とか。
狩猟採集時代にはろくなイメージがなかったのですが、とんでもない。
人間の個体数がまだ少ないこともあって一人当たりの食糧は充分に足りていて、栄養価も高い食生活をしていた。
満たされた生活では奪い合うどころか、みんな平等に助け合って暮らしていたという。。
労働時間も短かった。
根拠は色々と発見されていますが、当時の骨などから健康的な身体をしていたと考えられています。
(詳しくは是非Google先生やチャッピーに聞いてみてください。)
<農耕・牧畜の時代>
幸せな人類の暮らしは『地球の急激な気候変動』によって終わりを迎える。
捕っても採っても無くならなかった食糧(動物・植物)は減少し、人類が行動できる範囲も氷河によって阻まれて限定されたといいます。
そこで始まったのが『農耕と牧畜』なんだと。
一人当たりの食糧は不足し、奪い合うようになった。
栄養価は低くなり、骨格も小さくなったと。。
この時代に余剰生産物(小麦や米など)を土器に保存するようになったことで、"貧富の差"が生まれたのは有名なお話。
農業を始めたことで労働時間が長くなり、奴隷の存在が必要になったとも聞きます。
計画的に農作物や家畜を作れるようになった反面、言い換えれば「人生で作れる財産(生産物)」は計算できるようになった。
▶︎自分の人生の限界が見えた。
もしかしたらこの時、人生はつまらないものになったのかもしれない。
ちなみに余談ですが、、、
『食物連鎖』で弱者に位置する植物(花粉)が増殖している現代、「人間は植物に支配されている」と考える説もあるそうです(笑)
そういった通説(ヒエラルキー)から疑い直す必要があるのかもしれませんね☆
さて、まとめに入ります。
重要な点の1つは、
(優)農耕牧畜型 > (劣)狩猟採集型
この優劣に疑念が生まれたということ。
(どちらが優れているという話ではありません。)
もし食糧需要が充分に満たされている環境なのであれば、コツコツ地道に作る必要は全くない。
それでもあえて作るとすればそれは自己満足(エゴ)なのかもしれない。
そしてもっと重要な点は、
そのように満たされた環境下において、
忠実に「コツコツ地道に作る真面目で堅実な」行動は、限られた人生の”時間”を無駄にしているのかもしれないということ。
今は戦後の日本ではなく、食糧もモノも溢れかえっている時代。
コツコツ真面目だから優れているのではなく、行き当たりばったりでも行動が早くて成果が大きいのであれば幸せになれる。
(優)行き当たりばったり
>(劣)コツコツ真面目で堅実
という構図も受け入れるべきであり、
「ウサギはダメ、亀がエライ」ではなく、亀はウサギを見習って速くならなければならない。
『人生の目的』は貯金でも家庭でも子供でもない、『今、幸せになること』だと思うのです。
どうでしょう??
何か根底からくつがえりましたか?笑
少しでも人生設計を見直すきっかけになれば幸いです☆